令和6年度 トークイベント「美術史と批評の現在——日本の内/外から考える」

2024年12月15日(日)16:00〜18:00

本トークイベントでは、戦後日本の美術史と批評をめぐる状況と課題について、日本国内/外の研究機関を行き来しながら美術史研究を行う書き手たちが議論を交わします。

批評的言説と美術史研究の相互フィードバックのあり方や、研究者としてのポジショナリティといった様々な問題について、横断的に活動を展開する若手〜中堅層の書き手たちが考えます。

 


実施レポート

文=杉原環樹|撮影=冨田了平

 

2024年12月15日、「文化庁アートクリティック事業」の一環として、トークイベント「美術史と批評の現在――日本の内/外から考える」が開催された。企画者の高橋沙也葉氏をモデレーターに、ダニエル・アビー、井上絵美子、久後香純、中村公彦の4氏が登壇。日本の国内外を行き来して研究活動を行う各氏が、現状認識と問題意識を語り合った。

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「文化庁アートクリティック事業」では、2024年2月、国内で活動する若手研究者・批評家10名による連続トークを開催した。今回のトークイベントは、この連続トークに登壇者の1人として参加した高橋沙也葉氏が現場で感じた、「日本の芸術批評の閉鎖的な性質」(高橋氏)への応答として企画された。トークは、はじめに登壇者4名が自身や研究について簡単な紹介をしたのち、全員によるディスカッションを行うかたちで進められた。

現在、滋賀大学で非常勤講師を務めるダニエル・アビー氏は、はじめ出身のアメリカで比較文学を専攻したのち、IT企業に勤務。企業で働く傍ら、自身のブログで写真に関する文章を書き始めた。東京の写真文化に触れるため、同地に移住すると、写真に関する編集やキュレーションに従事。その後、アメリカに戻り、カリフォルニア大学ロサンゼルス校において写真を美術として分析する研究を行い、中平卓馬に関する博士論文を書いた。

京都に住む近年は、沖縄の写真や、写真と空間、写真と身体性というテーマに注目。美術評論家・日向あき子が「肉体的思考」と呼ぶ、身体性を介した批評にも関心を寄せている。

一橋大学でデリダ研究を行っていた井上絵美子氏は、「翻訳」を単なる言語間の置き換えではなく、新しい身体や言説を生み出す行為とみるデリダの考えに影響を受けたという。留学先のニューヨーク市立大学では、美術家・田部光子に関する修士論文を執筆。従来、女性の妊娠からの解放と語られてきたその作品を、新しい身体の創出という観点から批評的に論じた。

井上氏が新しい身体に興味を抱く契機となったのが、クィア理論の代表的論者ジャック・ハルバースタムの著作『In Queer Time and Place: Transgender Bodies and Subcultural Lives』(2005)だ。井上氏は現在、その翻訳に訳者の1人として参加。その延長で、抽象芸術にクィア性を読み込む「クィア・アブストラクション」の議論に注目するほか、ドラァグクイーンに関して、ニューヨークのオルタナティブ・アート・センター「キッチン」で働きながら現場調査を行うなど、パフォーマンス研究も続けてきた。

久後香純氏は、早稲田大学の表象・メディア論コースで学んだのち、ニュー・アート・ヒストリー以降の美術史の構築に意識的である研究者が集まるニューヨーク州立ビンガムトン大学に留学。写真史研究で知られるジョン・タッグのもと、日本の写真について研究を行う。2022年に日本での資料調査のため長期帰国し、2024年度提出の博士論文の執筆を進めている。

「The Theory and Practice of Eizō: Photographic Publications in 1960s’ and 1970s’ Japan」と題した博士論文では、東松照明、中平卓馬、多木浩二らが活躍した1960~70年代の写真動向を扱う。当時の写真家が制作のみならず、理論家として多くの文章や出版物を発表したことに着目し、近年、海外受容も盛んなこうした写真家の活動を、その批評や理論も含めて歴史化しようとしている。

中村公彦氏はハイデルベルク大学東アジア美術史研究所の博士課程に在籍し、帝国主義・植民地主義、戦争、ジェンダー、人の移動などのテーマで研究を行う。その主な研究対象が、猪熊弦一郎、川端実、岡田謙三、高井貞二という4人の画家だ。彼らは戦中に従軍画家として活動し、戦後はニューヨークで抽象画を描いた共通点を持つ。中村氏は「1945年」を特別視する従来の戦後日本美術研究から離れ、戦間期から続くより広い視野で彼らの活動を追っている。

ジェンダーに関しては、篠田桃紅ら女性の書道家に注目。人の移動については、日本で活動した海外出身のアーティストの研究を通し、移民や難民らの作品を「日本の美術」のなかで論じる可能性を探る。また中村氏は、日本のアーティストたちによるパレスチナ問題へのアクションに対して、研究者としての応答も行ってきた。

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4氏の紹介を聞いた高橋氏は、批評家のみが批評を語るのではなく、研究者が批評を語ることの意義を感じたと話した。また、自身も含む今回の登壇者の共通点として、美術史のカノン(正典)に対する距離感の意識や、戦後の美術を戦前との連続性のなかで捉えるまなざし、つくり手の身体をニュートラルではないものとして捉える意識があるとした。

イベントの後半では、およそ1時間半にわたって、高橋氏も交えたディスカッションが行われた。ほかの4氏と同様、高橋氏もデューク大学と京都大学に籍を置き、国内外で研究活動を行っている。こうした共通性から、話題は海外で研究することに始まり、そこから見える日本の姿、研究と批評、美術史研究の対象の批判的検討など、多岐にわたった。

冒頭、自身が現在の研究へと至った経緯が話題になると、久後氏は、従来の写真理論は欧米圏の書き手が中心であり、そこを脱中心化したい思いがあったと回顧。高橋氏はアメリカで研究を続ける理由として、日本ではときに「政治的すぎる」と見なされるかもしれないトピックや議論により自由に取り組むことができると感じたからとした。

また言語の選択について、英語で書くことでより広い読者に届けられるとの意見がある一方、井上氏からは日本語でしか追及できない意味の世界を厚くする必要への指摘も。アビー氏は、日本の読者に届けたい場合は日本語を、批判する場合は英語を選ぶなど、「アウトサイダー」の立場を上手く利用していると明かした。

国外を拠点に活動する先行世代の研究者としては、最近、日本語での初の単著も刊行された富井玲子の名が挙がった。日本の戦後美術の独自性を分析し、西洋中心主義的な従来の美術史の相対化を図る富井の研究に対し、登壇者からは自身の研究に影響を与えたとする声が複数あった。一方、中心と周縁の構図にとどまらず、「周縁」の内で何が起きているかを問うことや、国外に向けて語りやすい作家以外も語っていくことの必要性、グローバルな文脈に日本の美術を位置付けるとした際の「グローバル」が欧米圏に偏ってしまうことの危うさへの指摘など、後進世代としてその研究を批判的に検証することの意義も語られた。

ジェンダーへの意識や、美術史の対象の広がりに関する議論も多く行われた。久後氏は博士論文で女性ファッション誌のを分析するなかで、クレジットされるのは男性写真家ばかりだが、そのイメージの構築には女性モデルや編集者なども関わっているとし、今後はそうした見落とされがちな主体にも研究の対象を広げたいと語る。この意見に共感を示したアビー氏は、Critical Phenomenology(批判的現象学)に関心を持せる立場から、「人は透明ではない」と語り、研究者自身が、従来はタブー視されていた論文執筆時の一人称の使用をあえて積極的に行うことで、新しい書き方ができるのではないかと問いかけた。

中村氏は、つくり手が女性のときのみ「女性作家」と呼ばれ、反面、男性はそうした形容の付かない普遍化された存在として扱われる状況に対して、女性の女性性が語られるのと同じように、今後は男性の男性性に関する解像度を上げていく必要があると指摘。また井上氏は、クィア理論を基盤としたよりジェンダー・アンビギュアスな身体を考えたいと語り、そうした模索のなかで出会ったのが先に触れた「クィア・アブストラクション」の議論だとコメント。一見ニュートラルに見える抽象芸術に人種やジェンダー、セクシュアリティを見出す試みは、MoMAの「Vital Signs: Artists and the Body」展(2024)などにも見られたと述べた。

議論の終盤では、多くの登壇者が感じているという、研究活動と並行して批評を書くことの難しさという実感を起点に、批評という営み自体も焦点となった。中村氏は、リサーチベースのつくり手が増え、学芸員も含め学術的なレベルが上がるなかで、今後の批評家の仕事には、よりアカデミックなものと、よりクリエイティブなものという二極化が起こるのではないかと話す。また、マイクを振られた「文化庁アートクリティック事業」ディレクターの沢山遼氏は、従来型の現場批評は衰退したものの、今回の各氏の研究にも見られる通り、社会のなかで広義の「批評」性はむしろ濃くなり、遍在し始めているとした。

そうしたなかで高橋氏は、職業として「批評家」を名乗る存在以外の、もっと多様な立場からの批評が現れてほしいと語り、今回の企画については「(対面イベントという性質上)日本出身の登壇者が多くなってしまった」とコメント。さらにさまざまな国や言語で活動する人物に声をかける必要があると述べた。これに続いて久後氏からも、今回の登壇者の所属が欧米圏に偏っていることへも意識を向けるべきだとの指摘があった。

その後行われた会場からの質疑応答では、ニュー・アート・ヒストリーに続く理論的な枠組みを尋ねる質問を皮切りに、理論と形式的な作品分析の関係について、それぞれの立場が語られた。

会場
Yumiko Chiba Associates
東京都港区六本木6丁目4-1六本木ハリウットビューティープラザ 3F
日時
2024年12月15日(日)16:00〜18:00
登壇者
ダニエル・アビー / 井上絵美子 / 久後香純 / 中村公彦
企画
高橋沙也葉
定員
30名
言語
日本語のみ
参加申込
Google フォーム
登壇者

ダニエル・アビー Daniel Abbe

美術史家。アメリカ生まれ。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)美術史学科博士課程修了。美術史や写真史研究、評論家として日米を中心に活躍する。滋賀大学にて非常勤講師として勤務。評論「「言わなくてもいいこと」の物質性」(美術手帖、2020)、「肉体を持った形:神殿としての石岡瑛子展」(美術手帖、2021)「「KYOTOGRAPHIE」はなんのためにある? 善意に満ちた態度と、キュレーションの不在」(Tokyo Art Beat、2024)など。他に国内外のメディアにて記事掲載。進行中の翻訳プロジェクトで、中平卓馬のエッセイ集を英語で出版する準備をしている。武蔵野美術大学「大辻清司フォトアーカイブ」にも携わる。
mcvmcv.net

井上絵美子 Inoue Emiko

専門は近現代美術史、パフォーマンス史、フェミニズム・クィア理論。ニューヨーク市立大学ハンターカレッジ校に提出した田部光子についての修士論文でThe Feminist Institute Research Awardを受賞。現在、Jack Halberstam著『In Queer Time and Place: Transgender Bodies and Subcultural Lives』(2005)の翻訳に訳者の一人として携わり、本書に関連してクィア・アブストラクションの議論に関心を寄せる。
Photo by Arata Mino

久後香純 Kugo Kasumi

ニューヨーク州立ビンガムトン大学美術史コース博士候補生。写真史およびメディア論を専門に研究に取り組む。早稲田大学文学研究科表象・メディア論コース修士課程卒業後、国立近代美術館写真部門や東京都写真美術館でインターン、委託職員を勤めながら研究と執筆活動を始める。博士論文「The Theory and Practice of Eizō: Photographic Publications in 1960s’ and 1970s’ Japan」を執筆し2024年度博士号取得予定。その他の主要論文に「「アノニマスな記録」としての写真――1960年代後半から70年代前半における写真のリアリズムについて」『映像学』(2022)がある。
Photo by Kawa Emi

中村公彦 Nakamura Kimihiko

ハイデルベルク大学東アジア美術史研究所博士課程在学。専門は日本の近現代美術史。慶應義塾大学文学部美学美術史学専攻卒業。セント・アンドリューズ大学大学院美術史学科修士課程修了。ハイデルベルク大学共同研究センター933「Material Text Cultures」研究補助員(2022-23)。『Aziatische Kunst』 (June 2024)、『Review of Japanese Culture and Society』(2023)、『Woman’s Art Journal』 (Spring/Summer 2022)などに論文を掲載。
google.com/view/kimihikonakamura/

企画・モデレーター

高橋沙也葉 Takahashi Sayaha

デューク大学大学院美術史・表象文化学科および京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程在籍。1960年代の彫刻とその記録を中心に、アメリカと日本のアートシーンの交差の研究を行う。共訳書にジュリア・ブライアン=ウィルソン『アートワーカーズ 制作と労働をめぐる芸術家たちの社会実践』(フィルムアート社、2024)。
その他の企画